保坂直樹の現在は俳優以外の副業で大成功を収め、幸せを掴んでた!





かつて魔性の女と揶揄された女優の高岡早紀の夫としての知名度の方がいつの間にか高くなってしまっていった俳優の保坂尚希さん。ここしばらくテレビで見かけることがなくなってしまったのですが、どうやら俳優以外の道で大成功を収めているという話が聞こえてきました。そこで今回は保坂尚希さんが今どのようにされているのか、成功した俳優以外の仕事とは何なのかについて調査をしてみました。

保坂尚希さんのぷろふぃーる




出典:http://i.gree.jp/


本名:保坂 尚希(ほさか なおき)
生年月日:1967年12月11日(49歳)
出身:静岡県静岡市葵区出身
身長:180cm
血液型:A型
職業:俳優
所属事務所:(有)サンクチュアリ


静岡で生まれ育った保坂尚希さんですが、幼いころに両親を一度に亡くされ、中学を卒業後はアルバイトをしながら高校を卒業。1986年にテレビドラマ『チェッカーズ・イン・涙のリクエスト』へ出演し、俳優としてデビューをされています。その後、この年に放送されたフジテレビ系ドラマ『この子誰の子?』へ出演すると、一気に注目を集めて様々なドラマへ出演されるきっかけとなりました。90年代には織田裕二さん、吉田栄作さん、加勢大周さんの“平成御三家”に続く萩原聖人さん、福山雅治さんと共に“新・平成御三家”と呼ばれるほどの人気ぶりでした。

90年代に入ると、一般女性と結婚していた保坂さんは離婚をして、1996年に女優の高岡早紀さんと再婚をされます。再婚後は高岡さんとの間に2人のお子さんに恵まれたものの、高岡さんとミュージシャンである布袋寅奏の不倫が発覚した事がきっかけで2004年6月に離婚をされています。

離婚後は迷走していた?



2度目の離婚をする4年前の2000年に腹膜炎と内臓破裂で死の淵をさまよう大病を患った保坂直樹さん。その頃から健康や食生活に興味を持ち、幸せな家庭を…と考えられていたのでしょう。その矢先の妻の不倫で保坂さんは精神的にお辛い日々が続いたとみられ、離婚から3年後の2007年3月に記者会見を開いて4月に熊本県合志市にある六水院で得度を受け、両親の33回忌供養のために仏門に入ると公表されました。




突然の仏門入りに、当時のメディアは保坂さんを追跡する特集なども組まれており、一時はメディアも保坂さんが傷心のあまり、迷走しているのか?とみていた様です。仏門に入っても剃髪は行わず、芸能活動も継続しながらの仏門入りをされ、「尚陽」の法名で翌年の両親の供養終了後に法名は返納され、これをもって僧侶としての活動を終了させておられます。

しばらく見ないうちに大成功を収めていた!



俳優としての露出がグッと減っている保坂さんですが、俳優業を引退しているわけではありませんでした。芸能活動を継続させながらも、副業に乗り出した保坂さんは大病後から興味のある食事や健康にかかわる調理器具の行われています。現在は通信販売のコンサルタントとして活躍をされており、保坂さんが開発した調理器具はなんと1日で1億7000万円の売り上げを達成した事も。



出典:http://contents.syncl.jp/


売り上げそのものが保坂さんの収入になるわけではないそうですが、それでもかなりの収入があり、高級車を乗りこなす日々を送っているそうです。最近はオフィシャルブログの更新などをされていない様子で、リアルタイムで保坂直樹さんのプライベートを垣間見ることはできませんが、元気で副業に成功し、幸せな様子が時折漏れ伝わっています。

幼少時より苦労続きだった保坂直樹さんですが、現在は自分で日々の幸せを掴み取り暮らしているようで、俳優として大活躍していた頃から見ている視聴者としてはホッと胸をなでおろしました。これからも元気でバリバリ輝いて欲しいなと思います。